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早期療育は「教育」でなければなりません。

2019/04/03(水) 21:06 | izawa

 この3月で、5年間勤務させていただいた放課後等デイサービスを退職いたしました。その一方で日曜日を中心に楽しい広場も続けていました。

 今、痛感するのは児童発達支援事業所を中心とする「早期療育」というものは、「教育」ではなく、「福祉」ということです。しかし、「早期療育」は「教育」でなければなりません。それはどういうことでしょうか。

 現在の、早期療育は、対象の子どもさんたちは、時期はいろいろですが何らかの障害名がついている場合がほとんどです。それを受けて、児童発達支援事業所を中心とした早期療育は、子どもさんは障害をもっているのだから、遅れている発達の遅れは、将来大きく伸びることはできない状態である。その状態の子どもさんを将来、生活に適応できるようにしていく、というものが大きな特徴です。これは、福祉の考えですね。自分の障害を受け入れて、その上で、将来豊かな生活ができるような適応力をつけていく、というものです。この福祉の考え方、例えば対象がIQが60くらいで、日常生活、社会生活に支援が必要な大人の方であれば、それでよいでしょう。

 しかし、それが、例えば言葉が多い3才の子どもさんであったり、かんしゃくが強くて感情のコントロールができない4才の子どもさんであったり、友だちとうまく会話できない5才の子どもさんであったとしたら、たとえ障害名がついていたとしても、福祉の考えでよいでしょうか?

 答えは、ノーです。

 その理由は明確です。3才で言葉が遅い、4才で癇癪が強い、5才で友だちと会話がうまくできない、という子どもさんがいた場合、それらの原因が「障害のため」という以外に、発達の個人差や、感覚過敏や脳の同時性処理機能の強さ、あるいは経験の少なさ、片寄りなどの原因で、発達段階が同じ年齢の子どもさんより遅れるということが、たくさん考えられるからです。
 教育であるならば、子どもさんが障害をもっていても、もっていなくても、子どもさんに、現在の発達段階に応じた適切な働きかけを行い、同じ年令の子どもさんたちに近づき、追いつき、追い越すことをめざして、働きかけを続けるでしょう。それが教育です。そして、今の日本の多くの早期療育には、残念ながらその教育がほとんど見られません。

 言葉が遅ければ言葉を出す、かんしゃくが激しかったら落ち着かせる、友だち会話がうまくいかなければうまくできるようにする。それが当たり前の教育です。療育教室 楽しい広場は、それを行っています。そして日本中のたくさんの早期療育機関で当たり前の教育が行われるよう、その教育の方法を伝え合い、研究し合いながら実践を積み上げています。昨年度8回行った札幌あおば幼稚園の子育てセミナーの講演や、6回行った指導者を対象とした療育セミナーは、その具体的な実践です。

 「教育である早期療育」をたくさんの方々と連携をして広げていければこれほどうれしいことはありません。これからも、よろしくお願いいたします。(療育教室 楽しい広場 代表  伊澤)