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あるお母さんの思い出 その3

2017/12/26(火) 22:01 | izawa

 Mくんは、今年2月に、楽しい広場の「ことば伸び伸び教室」を卒業しました。「ことば伸び伸び教室」というのは、ことばはもちろんですが、考える力、つまり思考力を伸ばす、あるいはもっと広く知的な力を伸ばしていくための指導をするものです。Mくんは、4年2か月、お母さんと一緒に通いました。

 教室に通い始めた大きな理由は、幼稚園で先生のお話をみんなで聞いていたり、絵本の読み聞かせなどのとき教室から出て行ってしまう、あるいは勝手に職員室に行ってしまうということ、それからことばは三語文は出てもオオムがえしが多いことでした。ただ、人の様子をみて行動していましたし、伊澤と「おやつ食べる?」「ハイ」と答えて、お母さん以外の大人との会話もできていました。

 指導は、パズルや積木、レゴなどで遊んだり、絵本の読み聞かせをしたり、絵カードを使って物の名前をいう、分類をする、動詞をいうなど認知面の力を伸ばしたり、リトミックをしたり、絵を描いたり、いろいろな内容を取り組み、年長組のときにはひらがなやカタカナが読めて、1~10までの数量の関係、つまり「2個と3個と合わせて何個?」(足し算)や「7個から4個取ったら残りは何個?」(引き算)が分かり、知的な発達には、遅れがあるとは思えませんでしたし、行動の方も発表会や卒園式では一人できちんと参加できるようになりました。ただ、一つ大きな課題があり、それは年長さんになっても、仲の良い友だちがいない、友だちと遊ばない、友だちの名前が出てこない、つまり友だちとのかかわりがほとんどない、と言うことでした。

 ただ、教室を飛び出したりはしませんし、学力も遅れているわけではなので小学校は通常学級に入り、実際1年生の間、学力は問題ありませんでした。ただ、友だちとのかかわりがない。当然周りは、発達障害、自閉症(今は自閉症スペクトラムと呼んでいます)ではないか、などという人たちはたくさんいたことでしょう。それでも、お母さんは毎月、楽しい広場に通ってくださいました。私としては、大人とのかかわりは十分できているので、必ずその次の段階、つまり子ども同士のかかわりの段階に行くと思っていました。それで、年長の夏休みくらいからずっと、お母さんに「幼稚園から帰ったら、今日何をしたの。だれと遊んだの?。」などときいて、子どもさんの名前が出てこないか、確かめてくださいとお願いしました。それから、小学校1年生の9月くらいまで、なかなか出てきませんでした。この間、指導する側の私に焦りが無かったかと言うと、やはり少しはありました。しかし、ついに、というかとうとう10月に友だちの名前が出るようになり、同時に学校の先生から、「友だちの名前を覚えて、協力してできるようになりました。」と伝えられました。そして、12月には15人くらいの友だちの名前が出てきて、顔と名前が一致していたということでした。

 それで、1年生の3学期の2月、楽しい広場を卒業することになりました。4年2か月、毎月1回、お金も必要、その中でよくお母さんは通ってくださったと思います。なんでそんなに続いたのかと考えると、指導する方としては、毎回少しずつですが、お母さんのお話や教室での指導の中で成長したところがあったことです。不思議とそうでした。そうでなければ、同じ状態が続いたり、マイナスな状態が続いたりしたら、なかなか続けられるものではありません。それから、Mくんは何があってもお母さんの言うことは、ちゃんと聞きました。

 お母さんは、どうだったのでしょう。お母さんは、子どもさんの成長をずっと信じていたのではないかと思います。信じると言えば簡単ですが、4年2か月の間伸びるものは伸びても、友だちとのかかわりが出なくて、その不安はずっとあったと思うのですが、どこかに母親としての確信があったのではないかと、私は思います。母親の執念というものかもしれません。

 療育という面でいうと、小学校1年生の後半で友だちとのかかわりが出だす、ということが、実際にあり得るということです。それは、大人とのかかわりが十分にできている、という発達の流れを考えると発達の順序に沿った形のものです。友だちとのかかわりに弱さ、不安をもっている子どもさんや親御さんにとって、そして私のような指導者にとって、とてもうれしいMくんの成長です。そして、お母さんのご努力に感謝いたします。