ナビゲーションメニューへ

ブログ

2021/05/14(金) 12:38 | izawa

 4月25日(日)に行われました「第19回 札幌療育セミナー」の報告を10回にわたり、このブログで掲載いたしました。
 内容は、認知心理学の立場から、「自閉症の原因は心の理論が欠けていることである」とした、イギリスのウタ・フリス氏の提唱された理論を基に、幼児期の子どもさんで、「自閉症ではない」と判断できる基準のうち「良くも悪くも人を見て行動する」について、説明をいたしました。
 「自閉症ではない」と判断できる基準はもう一つあって、それは「ごっこ遊びができる」です。これについては、第20回の札幌療育セミナーで説明をする予定です。

 さて、幼児期のお子さんで、自閉症の診断をもらったり、周りから自閉症の疑いの目で見られているお子さんもたくさんおられると思います。そのようなお子さんは、一度ぜひ上記の二つの基準を見てください。二つのうち一つでも当てはまれば、「自閉症ではない」と判断できます。
 ただし、これは「このお子さんは自閉症か、自閉症ではないか」について議論するために行うのではありません。認知心理学の「心の理論」という視点から見たら自閉症の可能性はないと判断できたら、子どもさんの発達の不安の原因を「障害以外」から考えるのにハードルがなくなるのです。そして、発達の不安があるとしたら、「その発達に必要な生活経験がどこかで足りなかったのではないか」と冷静に原因を考えることができます。

 その「障害以外」であるとしたら「何が原因なのか?」という時に、大いに役立つのが、楽しい広場で作成した電子図書『障害以外から原因を考える「発達療育」』なのです。そして、そこには当然、考えられる原因のほかに、具体的な改善の方法も書かれてあります。

 詳しくは、メニューの「本の紹介」をご覧ください。この電子書籍は、札幌市中央図書館の電子書籍の貸し出しでもお読みいただけます。
 どうぞ、是非ご活用ください。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2021/05/12(水) 12:02 | izawa

 5月の療育教室ですが、コロナウィルス感染拡大防止のため、5月4日から5月31日まで、いつも会場として利用させていただいている札幌市社会福祉総合センターの会議室が全面利用禁止となりました。
 そのため、療育教室開催ができなくりましたので、大変申し訳ありませんが、予定をしておりました5月16日(日)と、23日(日)の療育教室は中止いたします。どうぞ、ご了承ください。

 

 

 

 

 

 

2021/05/09(日) 12:32 | izawa

 今回が一連の療育セミナー報告の最終回です。

 テーマは、
 『「良くも悪くも人を見て行動する」子どもが、なぜ「自閉症ではな
  い」と判断できるのか?』

 「心の理論」から考えると、「自閉症ではないと判断する基準」は二つあります。
(1)良くも悪くも人を見て行動する
(2)ごっこ遊びができる
 この二つのうち一つでもできていると、認知心理学の「心の理論」の視点から見て、「自閉症ではない」と判断します。
 今回はこのうち、(1)「良くも悪くも人を見て行動する」について説明をいたします。

 

(1)良くも悪くも人を見て行動する

 認知心理学の立場のウタ・フリス氏の理論から見ると、自閉症の原因は「心の理論が欠けている」ということです。
 「心の理論」とは「人の心の状態を推測し、それに基づいて行動を解釈し、予測する能力」のことで、発達的には3才半以降にはっきりした形で伸長していきます。
 この「心の理論」によって発達していくのが、今までも何度も説明をしてきました「意図的コミュニケーション」です。言語的。非言語的シグナル(例えば、声、動作、しぐさ、視線など)を使い、相手の「意図(心の状態)」を推し量りながら、相互理解をしていくコミュニケーションです。
 この高度で繊細で複雑なコミュニケーションができていれば、認知心理学の「心の理論」の視点から見て、「自閉症ではない」と判断します。
 そして、この「意図的コミュニケーション」幼児期の子どもさんの場合に、はっきりした形で現れるのが「良くも悪くも人を見て行動する」ということです。

 例えば、年長さんくらいの年令の子どもさんが外から帰ってきて、すぐおもちゃで遊ぼうとすると、お母さんが「手を洗っておいで」と言ったとします。その言い方が子どもさんの方を見て、きつめの言い方だとしたら、子どもさんは「これはすぐにいかなきゃ怒られる」と考え、すぐ手を洗いに行くかもしれません。
 もし、お母さんの言い方が子どもさんを見ずに普通の言い方だったとしたら、「ラッキー、このまま遊んじゃおう」と考え、そのまま遊んでいたかもしれません。
 どちらにしても、このときの子どもさんはお母さんの言葉だけではなく、声の大きさ、声の調子、視線、表情、雰囲気、動作などの、お母さんに関するたくさんの情報を一瞬のうちに処理し、どう行動するかを判断します。
 これが、「良くも悪くも人を見て行動する」の一例です。つまり「心の理論」を使った「意図的コミュ二ケーション」なのです。自閉症児はこれが難しいのです。逆にこれができていれば「自閉症ではない」と判断できます。

 「この子どもさんは自閉症なのか、そうではないのか?」と議論することが目的ではありません。もし、認知心理学の「心の理論」の視点から見て、「自閉症ではない」と判断できれば、お父さん、お母さんが全面的にそれを受け入れてくださるかどうかは別として、どちらにしても、これから発達の不安を改善していく上で、少しでも心が軽くなるかも知れません。そして、療育を進めていく上では、発達の不安の原因を「障害以外」に絞りやすくなるのです。

 第19回 札幌療育セミナー報告は以上です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2021/05/07(金) 12:26 | izawa

 4月25日(日)に行いました「第19回 札幌療育セミナー」の報告の今回は9回目です。

 さて、「自閉症の人は心の理論が欠けている」というイギリスの認知心理学者のウタ・フリス氏の言語・認知障害説を基盤に考えたとき、その自閉症の判断の重要なポイントとなるこの「心の理論」、つまり「人の心の状態を推測し、それに基づいて行動を解釈し、予測する能力」が、はっきりした形で伸びてくるのは何才頃でしょうか?

 「心の理論」を構成する重要な要素があります。それは、『他の人にも自分と同じようにものごとを認識する「心」がある、ということが分かる』ということです。端的に言いますと、『他の人も自分と同じような「心」をもっていると理解できる』ということです。
 「今、彼は心が穏やかそうだね」「彼女は何を考えている分からないなあ」などど、我々は日頃何気なく使っていますが、これは、『人には自分と同じように(見解は同じであったり違ったりしますが)物事を認識する「心」がある』という理解の前提があって、初めて成り立ちます。そして、認知心理学あるいは発達心理学などでの実験や研究によって、3才半頃からそういう理解ができてくる、ということが分かっています。ということは、その頃から「心の理論」がはっきりした形で伸びてくることが考えられます。

 つまり、「心の理論が欠けるのが自閉症である」としたら、個人差はありますが、子どもさんに発達の不安があるとしても、認知心理学や発達心理学の立場から見ると、1才代、2才代、3才代の前半では、自閉症の判断をするべき時期ではない、と考えられます。楽しい広場において、幼児期の発達の不安の原因を、「障害以外から考える」という理由の一つはそこにあるのです。

 

*次回は、いよいよこの報告の最終回で、今回のセミナーのテーマでもある『「良くも悪くも人を見て行動する」幼児期の子どもが、なぜ「自閉症ではない」と判断できるのか?』について説明をいたします。

 

 

 

 

 

 

 

 

2021/05/06(木) 11:53 | izawa

 前回のブログで、「意図的コミュニケーション」ができているのであれば、「自閉症ではない」と判断できるとしました。
 今回は、子どもの場合の「意図的コミュニケーション」について考えてみます。

 例えば、幼稚園や保育園で言う年長さんくらいの子どもさんがお母さんとおうちで遊んでいて、何度言われてもおもちゃの後片付けをしないのでお母さんに怒られたとします。しぶしぶ後片付けをして、お菓子が食べたくなったのでお母さんのところへ行き、「ママ、もう怒っていない?」と聞いたとします。
 そのとき、お母さんは両手を鬼の角のようにして「怒ってるぞう」と恐そうな声で言いながら、表情はニヤニヤしていたとします。このとき子どもさんは、「ママはもう怒っていないな」と感じます。
 つまり、お母さんの言葉や動作は怒っているように見えるけれど、表情や雰囲気が優しいと感じ、もう怒っておらず、「いつものママだ」と判断し、お母さんの方もそのような意図的メッセージを出したということです。これが子どもの場合の「意図的コミュニケーション」です。

 

*さて、次回は、「心の理論」をキーワードに考えたとき、「自閉症の判断は何才から可能なのか?」について考えていきたいと思います。

 

 

 

 

 

 

2021/05/05(水) 12:38 | izawa

 前回のブログで、「自閉症の人たちは意図的コミュニケーションができない」とウタ・フリス氏が指摘したことを書きました。

 「意図的コミュニケーション」とは、言語的・非言語的シグナル(例えば、声の大きさ・トーン、表情、動作、しぐさ、視線など)を使って、相手の「意図(心の状態)」を推し量りながら相互理解を図っていく、高度で繊細なコミュニケーションです。

 今回は、その「意図的コミュニケーション」と、以前にも載せましたアメリカ精神医学会刊行の「精神障害の診断・統計マニュアル 第5版」(DSM-5)の診断基準の一部と比較してみたいと思います。

 例えば
 ・対人的に異常な近づき方をする 
 ・他の人と興味や情緒、感情を共有することの少なさ
 ・まとまりの悪い言語的・非言語的コミュニケーション(例えば、相手
  が興味のない話を延々と話し続ける)
 ・顔の表情や非言語的コミュニケーションの欠陥
 ・仲間に対する興味の欠陥

などを考えてみます。人間が本来持っている「意図的コミュニケーション」の能力がないとしたら、上記のような症状(行動)があってもおかしくはないですね。
 つまり、これがその人の生き方や個性などではなく、生物学的な原因であるとしたら、「自閉症の可能性がある」と考えます。これは、自閉症の本質的な内容です。
 ということは、言い換えると「意図的コミュニケーション」ができていれば、「自閉症ではない」と判断できるということです。

 さて、大人であれば「意図的コミュニケーションができている」かどうかは分かりやすいのですが、それを幼児期の子どもたちで分かるか、というのが重要になってきます。幼児期の子どもさんでそれが分かれば、早期療育ではもっともっとその子どもさんの発達の不安の原因を自閉症の呪縛から離れ、発達的視点から絞りやすくなります。

*次回は、子どもにとっての「意図的コミュニケーションとは何か?」について説明をしたいと思います。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2021/05/04(火) 14:24 | izawa

 今回は、自閉症と「心の理論」の関連の中でのキーワードである「意図的コミュニケーション」についてお話ししたいと思います。

 ウタ・フリス氏は、人間のコミュニケーションを大きく二種類に想定しています。

(1)言葉どおり(むき出し)のコミュニケーション
(2)意図的コミュニケーション

 この二つを説明します。

(1)言葉どおり(むき出し)のコミュニケーション
 一つは、「言葉どおり(むき出し)のコミュニケーション」で、言葉通りのメッセージを伝達することだけにかかわるコミュニケーションです。
 例えば、お店で店員の人に「これは何ですか?」と聞いたとします。「アボガドです」と答えます。これは、言葉どおりのコミュニケーションです。

(2)意図的コミュニケーション
 もう一つは、「意図的コミュニケーション」です。これは、言語的・非言語的シグナル(例えば、声の大きさ、声のトーン、表情、動作、しぐさ、視線など)を使って、相手の「意図(心の状態)」を推し量りながら相互理解をするコミュニケーションということです。
 前述の店で店員の人に「これは何ですか?」と聞いたとき、店員の人はとてもにこやかに「アボガドです」と答えたとします。しかし、よく見ると目の前の棚に「アボガド」と書いてあったとします。この時店員の人は、目の前の棚に名札がついていたにもかかわらず、嫌な顔を見せず、答えてくれたことが分かります。
 つまり、言葉は「アボガドです」だけですが、「お客さんに気持ちよく買ってもらって、また来ていただこう」という意図があり、それをお客である自分が感じ取り、「次にまた来よう」と思うわけです。これが、「意図的コミュ二ケーション」です。
 とても高度で繊細なコミュニケーションですが、人間にとってはとても重要なコミュニケーションです。そして、この「意図的コミュニケーション」に欠かせないのが「心の理論」です。つまり「人の心の状態を推測し、それに基づいて行動を解釈し、予測する能力」がなければ、相互理解を可能にする「意図的コミュニケーション」は成り立ちません。
 そして、「自閉症」の人たちはこの「意図的コミュニケーション」ができない」とウタ・フリス氏は指摘します。

 

*次回は、「意図的コミュニケーション」自閉症の関係を考えます。

 

 

 

 

 

 

 

2021/05/03(月) 15:08 | izawa

 今回は4月25日(日)に行われた「第19回 札幌療育セミナー」の報告の5回目です。
 今回の内容は、『認知心理学から見た自閉症の原因~「心の理論」が欠ける」です。

 療育教室 楽しい広場が推し進める「発達療育」では、「障害以外」から子どもさんの発達の不安の原因を考えていきます。その理論的な基盤の一つである認知心理学から見た自閉症の原因が考えられます。それは、『「心の理論」が欠けている』というものです。

 これは1990年代にイギリスのロンドンにある政府の自閉症研究グループで、認知心理学の立場からその研究を進めてきた、ウタ・フリス氏が提唱した理論で、「言語・認知障害説」と呼ばれています。

 そしてこの理論については、今回取り上げているアメリカ精神医学会刊行の「DSM-5」の診断基準のうち、主要な症状の一つの「社会的コミュニケーションの障害」の中の3つの項目の背景には、「心の理論の損傷(欠けていること)があるのではないか」と、医学の方面からも推測されています。

 

★心の理論とは

 「心の理論」とは、「人の心の状態を推測し、それに基づいて行動を解釈し、予測する」能力のことです。目に見えないので「理論」と呼ばれています。
 具体的に考えてみます。
 例えば、朝の出勤時にJRの駅に自分が歩いていたとします。その時、自分の横を脇目も振らず一生懸命駅の方に走っている人がいたとします。それを見て自分は「ああ、あの人は列車に乗り遅れそうになって、焦って走っているんだな。でも、7時56分の列車には間に合うかもしれない」と思ったとします。
 これが、「心の理論」です。これが自閉症児や自閉症の人たちはできないのですね。
 

*次回は、自閉症を考えていく上での重要なキーワードの一つである「意図的コミュニケーション」と「心の理論」の関連について考えていきます。

 

 

 

 

2021/05/01(土) 14:34 | izawa

 ここでは、アメリカ精神医学会作成の「DSM-5」から見ていきます。自閉症スペクトラムは医学的な原因は不明とされています。診断は「行動の水準」を判断して行います。この場合基本的に「行動=症状」とします。自閉症スペクトラムを定義する症状は大きく二つあります。その症状と具体例は以下の通りです。

 

《診断基準》

A 社会的コミュニケーションの障害(以下は一例であり網羅したもので
  はない)

(社会的情緒的相互性)
  ・対人的に異常な近づき方をする
  ・通常のやりとりができない
  ・他の人と興味や情緒、感情を共有することの少なさ
  ・社会的相互反応を開始したり、応じたりすることができない
(非言語的相互作用)
  ・まとまりの悪い言語的・非言語的コミュニケーション(例えば、相
   手が興味のない話を延々と話し続ける)
  ・視線を合わせることや身振り(ジェスチャー)の異常
  ・身振り(ジェスチャー)の理解やその使用の欠陥
  ・顔の表情や非言語的コミュニケーションの欠陥
(対人関係)
  ・様々な社会的状況に合った行動に調整することの困難さ
  ・想像上の遊びを他人と一緒にしたり、友人を作ることの困難さ
  ・仲間に対する興味の欠陥

B 興味の極限と常同的反復的行動(以下のうち2つ以上により明らかに
  なる)
(常同的または反復的な身体の運動、物の使用、または会話)
  ・おもちゃを一列に並べたり、物をたたいたりするなどの単調な常同
   行動、反響言語、独特な言い回し
(同一性の固執・習慣へのかたくななこだわり、または、言語的・非言語
 的な儀式的行動様式)
  ・小さな変化に対する極度の苦痛
  ・移行することへの困難さ
  ・柔軟性に欠ける思考様式
  ・儀式のようなあいさつの習慣
  ・毎日同じ道順をたどったり、同じものを食べたりすることへの要求
(強度または対象において異常なほど、極めて限定された執着する興味)
  ・一般的ではない対象への強い愛着または没頭
  ・過度に限定・固執した興味
(感覚過敏に対する過敏さ、または鈍感さ、または環境の感覚的側面に対
 する並外れた興味) 
  ・痛みや体温に無関心のように思える
  ・特定の音、感覚に逆に反応をする
  ・対象を過度に嗅いだり、触れたりする
  ・光または動きを見ることに熱中する

 

★留意事項
 ・これまで症状は3才以前に発症が推定されていたが、年令の規定を緩
  め、社会的要求が大きくなってからの顕在化も許容されている。

 ・個々の子どもの「行動」の情報を「症状」に照らし合わせて医師が診
  断をする。その際の診断を決めていく基準は、それぞれの医師にゆだ
  ねられている。

 

*次回からは、認知心理学から見た自閉症の原因に深くかかわっている「心の理論」について考えていきます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

   

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2021/04/29(木) 11:35 | izawa

 認知心理学の立場から「自閉症」を見ていく前に、医学的な立場からの「自閉症」を見ていきます。

1 世界的な医学的診断基準

 現在、世界的な医学的診断基準は二つあります。一つは世界保健機構(WHO)が2018年に作成した「国際疾病分類 第11回改訂版(ICD-10)」で、もう一つは、アメリカ精神医学会が2013年に作成した「精神障害の診断・統計マニュアル 第5版(DSM-5)」です。
 基本的にこの二つに大きな見解の違いはありませんが、「ICD-10」の方が、「障害」の定義について従来より細かく、そして多様に設定をしています。日本の厚生労働省は「ICD-10」を基準にしていますが、今回のセミナーでは、日本でも医学を中心に多く使われている「DSM-5」から自閉症を見ていきます。

 

2 診断名について

 自閉症は正式には
 「autisum spectrum disorders」
という名称で、日本では「自閉症スペクトラム」と呼ばれています。医学関係の方などは「ASD」と呼ぶことがあります。
 以前は自閉性障害(自閉症)、アスペルガー障害(アスペルガー症候群)、高機能自閉性障害(高機能自閉症)などに分かれていましたが、現在は「自閉症スペクトラム」に統一されています。表に出る症状はいろいろあっても、その根底の部分はつながっているという意味で「スペクトラム」という言葉を使っています。
 そして、もう一つ確認しておきたいのは「disorders」という言葉です。意味は「体の不調」ということです。ですから、病気に近い意味で使われています。しかし、我々はよく「自閉症という障害」という言い方をします。本来は「病気」と「障害」は違いますが、「自閉症になるとそのまま障害をもつことになる」という意味で便宜的に使われていると理解しています。現在、世界保健機構やアメリカ精神医学会では「障害」という定義を従来と変えてきていますが、ここでは「自閉症という障害」と呼称いたします。

 

*次回は、具体的な診断基準について確認いたします。